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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1098号 判決

控訴人 原告 国 代表者法務大臣 中垣国男

指定代理人 小林定人 外六名

被控訴人 被告 株式会社日本相互銀行

訴訟代理人 竹腰武

主文

一、原判決を次の通り変更する。

被控訴人は控訴人に対し金五一三、二八九円及び右の内金

四八万円については昭和三二年一月一八日より同年二月一六日まで金一〇〇円につき一日金七厘の割合、同月二四日以降完済に至るまで年六分の割合による各金員、

三万円については昭和三二年一月二八日以降同年二月一六日まで金一〇〇円につき一日金七厘の割合、同月二四日以降完済に至るまで年六分の割合による各金員、三、二八九円については昭和三二年二月二四日以降完済に至るまで年六分の割合による金員

の支払をせよ。

控訴人その余の請求はこれを棄却する。

二、訴訟費用は第一、二審を通じこれを六分し、その一を被控訴人、その余を控訴人の各負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人は控訴人に対し、更に金二、九五七、八三〇円及びその内金三〇万円については昭和三一年一〇月一五日以降昭和三二年四月二五日まで年四分、同月二六日以降完済に至るまで年六分の各割合による金員、四八万円については昭和三二年一月一八日以降同年二月一六日までは日歩七厘、同月二四日以降完済に至るまでは年六分の各割合による金員、三万円については昭和三二年一月二八日以降同年二月一六日までは日歩七厘、同月二四日以降完済に至るまでは年六分の各割合による金員、二、一四七、八三〇円については昭和三二年二月二四日以降完済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、控訴人において甲第三号証を提出し、当審証人新里泰生(第一、二回)、米沢博の各証言及び当審鑑定人堀内仁の鑑定の結果(第一、二回)を援用し、乙第六号証は成立を認めると述べ、被控訴人において乙第六号証を提出し、当審証人新里泰生(第一、二回)、米沢博の各証言及び当審鑑定人堀内仁の鑑定の結果(第一回)を援用し、甲第三号証は成立を認めると述べ、なお双方において次に記載の通り主張及び主張の訂正をした外は、原判決の事実摘示の通りであるからこれを引用する。

(控訴人の主張)

被控訴人は「訴外協立電波精器株式会社(滞納会社)から同会社の被控訴人に対する本件(い)(ろ)(は)(に)の各約束手形((い)は後に(ほ)の約束手形に書替えられた)による手形貸付金債務の担保兼支払方法として、昭和三一年一〇月一五日に振出人須藤朔外六〇名の約束手形を、同年一二月二八日に振出人中川喜三郎外一一名の約束手形一五通を、それぞれ裏書人右訴外会社、被裏書人被控訴銀行とする単純裏書により信託的譲渡を受け、かつ各手形の満期日に手形貸付金の内入弁済とする特約を結んだ」と主張し、右「信託的譲渡」というのは「譲受けた手形上の完全権利者として一切の行為をすることができ、各手形の満期日に手形を呈示して手形金を受領すれば、同時にその額は手形貸付金に対する内入弁済を受けたこととなり、もし不渡を生じた場合は、その不渡手形を裏書人に買戻させ、買戻金を右手形金受領と同様に取扱う。かくして順次手形金を現実に受領し、同時に貸付金の内入弁済増加して結局貸付金完済とならば、その後に満期日到来する約束手形もしくは貸付金を超越して受領した手形金あるときはその超過分を訴外会社に返還する約である」というのである。

(一)、しかしながら、被控訴人の主張する右特約は、訴外会社が被控訴人に差入れた担保差入証書(乙第三、四号証)及び約定書(乙第一号証)のどこにも見当らない。

すなわち、被控訴人は前記のように「各手形の満期日に手形を呈示して手形金を受領すれば、同時にその額は手形貸付金に対する内入弁済を受けたこととなる」旨特約したというのであるが、右担保差入証書第三条は「前記担保手形の支払ありたる時は本債務の弁済に充当して下さい」というのみであつて、「前記担保手形の支払ありたる時に本債務の内入弁済を受けたものとする」とはいつていない。換言すれば、ここに「本債務の弁済に充当して下さい」というのは、銀行が本債務の弁済に充当しても「よろしい」「異議はない」「さしつかえありません」というほどの意味であつて、結局被控訴銀行に弁済充当に関する一切の権限を与え、その行使を全面的に銀行の決定にまかせた趣旨にすぎず、それ以上にかかる銀行の弁済充当に関し「支払ありたると同時に内入弁済とする」旨を特約したものでないことは文言上明瞭である。

そしてこのことは、右担保差入証書の第一条及び本担保差入の基本をなす右約定書第二条の各弁済充当に関する文言と対比しても首肯することができる。すなわち、右担保差入証書第一条は「本債務不履行の場合及び担保品の滅失、毀損または時価低落により直ちにその填補または債務の弁済をしないときは、何時でも法定の手続によらず、随意に前記担保品を処分し、その収得金をもつて弁済に充当されても異議ないことは勿論、万一不足を生じた場合には直ちに追償いたします」といい、また約定書第二条は「私の貴行に対する債務不履行のとき、また履行困難と貴行においてお認めのときは、諸掛金、諸預け金、その他一切の私の貴行に対する債権は、債権債務の期限の如何にかかわらず通知を要しないで、私の貴行に対する一切の債務に振替充当されても異議ありません。また充当の順位も貴行におまかせいたします」というのである。このように、これらの約款規定はいずれも弁済充当の権限を銀行側に与え、銀行が随時任意に内入弁済に充当することも、何ら異議がない趣旨を明らかにしているが、担保品処分による収得金等の取得と同時に内入弁済となることは合意していない。そして、かかる収得金の取得等と、本件担保手形金の取得または置戻金の受領との間に弁済充当に関し異別に取扱うべき特段の理由は見当らない。とすれば、前記担保差入証書第三条の解釈としても、右と同一に解するのが最も合理的であり、当事者の真意に副う所以であるというべきである。

(二)、しかも一般に銀行取引においては、取引者は銀行に対し一個の債務を負うことは極めて稀であつて、通常継続的与信関係をもつのが普通である。従つて商業手形を担保として差入れるのは、一般に現に発生し、または将来発生するであろう多数の債務を予定しているわけである。従つて、取引者が銀行に対し負う債務は、手形貸付金ばかりでなく種々様々であり、しかもその弁済期、利息等もそれぞれ異つているのが通常である。故に担保として差入れた約束手形は、これらのすべての債務の担保として差入れるものであるから、これら担保手形をその満期日に各呈示し手形金を取立てたり、または不渡手形を買戻させて手形金相当の買戻金を受領する場合、何らの弁済充当行為も要せずして、これが取立または受領と同時に、手形貸付金債務の内入弁済となるということは、継続的多数の債権債務関係の決済方法としては殆んど不可能に近いことを特約することとなる。けだし、銀行の取引相手方に対する債権(手形貸付金その他の債権)は、前記のようにその弁済期もまちまちで利率も異るばかりでなく、手形金の取立または買戻しにより受領する金額は、時期も異りかつ少額にとどまるから、受領時にどの債権のどの部分にいくら内入弁済充当するかは、たやすく自働的にきまるものではない。されば継続的多数の債権債務の関係を決済するためには、どうしても弁済充当行為が必要であつて、それをぬきにして「手形金の取立等と同時に本債務の内入弁済となる」旨定めてみても無意味にすぎず、銀行取引の常識に反することおびただしいものといわねばならない。故に担保差入その他に関し約定定立の主動権をもつ銀行が、決済上到底不可能に近い、被控訴人主張のような特約を定める筈のないことは、もはや多言するまでもないであろう。故に「手形の支払ありたる時は、本債務の弁済に充当して下さい」という文言は、手形の支払ありたると同時に本債務の内入弁済とするという趣旨を定めたものというべきではなく、銀行は担保手形の支払ありたる時は、取引者の意思に拘束されることなく、随時銀行が取引者に対し有する債権の内入弁済として任意充当するもさしつかえない旨を定めたものと解すべきである。

のみならず、一般に手形貸付においては、満期日までの利息を天引して残金額を交付するのが銀行取引の慣例である。従つてもし「担保として差入れた約束手形を各満期日に取立ててこれと同時に内入弁済とする」という特約があると仮定するならば、その限度において手形貸付金債権は弁済により消滅するわけであるから、銀行は内入弁済となつた限度で、右天引利息を払い戻すべきこととなる。しかしかくては、銀行としては決済上甚だ煩雑にたえないばかりか、折角天引をした利息金を失うこととなり、利息収益を本務とする銀行業務としては好ましくない結果を招来するに至るであろう。もつとも、かかる決済方法は、一見、弁済者に利益かのように見うけられるが、銀行と取引関係に立つ一般業者は、むしろそのような決済を好まず、かえつて銀行に手形貸付金その他いかほどの債務があるかということが、当該業者の銀行からの融資の枠をあらわし、対外的信用となる傾向も見のがすことができない。このように、銀行及び取引相手方の双方ともむしろ、手形金の取得と同時に本債務の内入弁済とすることは好まないばかりでなく、前記のように、さような決済処理を約することは銀行業務の常識に反するものといわねばならない。この点からしても、本件担保差入証書第三条の趣旨は被控訴人主張のように「信託的譲渡」により、手形金の取立と同時に内入弁済となり、その都度債権債務がその限度で決済消滅するものと解すべきではない。

(三)、しかも、以上のことは、被控訴人の本件帳簿上からも裏付けることができる。もし、被控訴人主張のように、手形の支払ありたると同時に本債務の内入弁済とする旨の特約があるならば、その限度で手形貸付金は消滅しているものであるから、被控訴人と訴外会社の債権債務関係を明示する手形貸付金元帳上において、決済の処理が行われている筈である。しかしながら、本件において右元帳上かかる決済処理のなされた形跡は全く認められない。これに関し被控訴人は「手形金受領による各回の入金額は極めて少額であつたため、毎回貸付金の内入として計算するのは煩雑に堪えないので、事務処理の便宜上適当の時期に取りまとめ整理すべく、それまでは便宜上「別段預金」なる名称をもつて一時的に処理し、手形金支払者、金額、月日等を明記しておいたもので、本質は内入弁済金であつていわゆる預金ではない」と主張する。しかし手形金の受領と同時に内入弁済とするという特約は、単に計算上(または事務処理上)の便宜か否かの問題ではなく、債権債務関係の存続消滅に関する本質的問題にほかならない。されば、計算上煩雑であるからといつて、それがために手形金の受領と同時に債権債務関係を消滅させずに処理してもよいというものではない。いかに計算上煩雑であろうとも、内入弁済となる旨の特約がある以上は、その限度で債権債務を消滅さすべきであつて、被控訴人側の計算上の都合等のためこれを懈怠すべきものではない。

換言すれば手形貸付金元帳は、銀行と取引相手方との間の債権債務関係を明示する基本的帳簿であつて、銀行簿記上は元帳における決済整理がなされない限り、当該債権債務関係はなおそのまま存続しているのが常識である。故に被控訴人主張のような特約があつたというのなら、当然手形貸付金元帳において債権債務が決済されていることが必要であるが、本件手形貸付金元帳(乙第五号証の一)では、そのような内入弁済の処理はされていない。否、却つて被控訴人は別段預金勘定(貸方勘定、甲第一号証参照)を設け、担保手形の取立金及び買戻金を組入れて整理している。このことは、被控訴人は内入弁済金すなわち借方勘定として、本件取立金等を整理しているものではなく、あくまでも預金勘定(貸方勘定)として預金者からの請求次第これを返還すべき義務あるものとして処理しているのである。

のみならず、右別段預金帳(甲第一号証)によれば、昭和三二年一月一二日現在において合計金一、二五六、五七〇円の手形取立金等が存在しているのであるから、被控訴人は同日満期となる(い)の約束手形の額面金三〇〇万円につき当然内入弁済に充当し得た筈であり、特に被控訴人主張のような特約があるならば、かかる場合は当然貸方勘定から借方勘定に移記して、決済処理すべきものというべきであろう。しかしこの際そのような決済は全然行われていないばかりか、更に同年二月二八日には、別段預金として二、三八三、五五〇円の手形取立金等が存在しており、従つて、少くとも同日満期となる(ろ)の約束手形の額面金九八万円につき、勿論弁済充当を行うべきであつたのに、そのような決済のあつた事実は全くない。

しかるに一方、被控訴人は本件差押日(同年二月一四日)以後に、担保手形金合計二〇万円を取立てているが、これについては同年二月二二日、手形貸付金元帳上において内入弁済の決済処理をしている。しかしながらこのように、差押えられていない手形取立金については、内入弁済に充当しながら、他方差押にかかる前記手形取立金等二、一四七、八三〇円について、前記のように内入弁済処理の機会が十分あつたにかかわらず何らの内入弁済の処理もしていないことは、決済処理の方法として首尾一貫していない。被控訴人主張のように、手形の支払ありたる時は同時に当然本債務の内入弁済となるものであるなら、差押の先後にかかわらず、取立受領の都度内入弁済となり、その限りで債権債務は消滅しているものであるから、手形貸付元帳において、差押日以後の未差押取立金のみを内入弁済の対象とすることなく、差押日以前の取立金についても、内入弁済の対象として決済処理されて然るべきであつたであろう。然るにかかる決済処理をしていないことは、担保手形の取立金は、取立と同時に当然に内入弁済となるものではなく、手形に代えて、被担保債権(手形貸付金債権等)の担保となつているにすぎず、ただ被控訴人において、随時任意に弁済充当ができるだけであり、もしかかる弁済充当をしない間に、他の債権者がこれを差押えた場合には勿論内入弁済に充当し得ないこととなることはむしろ当然というべきであろう。

もつとも、被控訴人は、右差押にかかる別段預金二、一四七、八三〇円のほか差押にかかる定期預金三〇万円、通知預金五一万円、同上各利息合計五九、六六六円を、一旦昭和三二年二月二七日手形貸付金元帳上において本債務の内入弁済に充当しようとした形跡があるが(乙第五号証の一)、その翌日に至り直ちに抹消している。しかも右決済処理自体について見ても明らかなように、被控訴人は「手形金の受領と同時に内入弁済となる」ような処理はしていない。手形金の受領と同時に内入弁済となるというのなら、戻し利息の日数計算は、その受領日を基準に決済処理すべきであるにもかかわらず、被控訴人は、右二月二七日を基準として(すなわち同日に至り初めて内入弁済となつたものとして)決済処理しているのである。このことは手形金の受領と同時に内入弁済となる旨の特約のなかつたことを如実に物語るものということができよう。

なお、被控訴人は同年三月三一日訴外会社について、最早債権回収の見込みがなくなつたものとして、同日現在で訴外会社との取引関係を一応整理するため、被控訴銀行の内部規定にもとずき、これを手形貸付金元帳から特別貸付金元帳(乙第五号証の二)に振替処理をしている。しかしこの振替処理は、単に特別整理のための帳簿上の移記にすぎず、訴外会社との債権債務関係には何ら変動なきこというまでもない。然るに同年四月一六日に至り、被控訴人はその顧問弁護士と相談し、初めて本件担保差入証書第三条につき「信託的譲渡」の特約をしたものとして、その主張のような内入弁済に充当し、かつ相殺する旨の意思表示を控訴人あて内容証明郵便をもつて通知して来た。しかし右通知に至るまでは、控訴人との交渉の過程において、被控訴人から右条項につき「信託的譲渡」を特約した旨の主張のされたことは全くないばかりか前記のように、被控訴人備付の帳簿上において、その主張のような特約を裏付ける記帳は行われていない。否却つて、被控訴人の記帳の実際は、控訴人の主張を正当ずけるものである。すなわち、訴外会社は、本件担保手形を被控訴人に差入れるに当り、担保手形を満期に取立てまたは不渡手形となつたときこれを買戻させて受領した金員は、いずれも手形に代えて担保となし、被控訴人が随時、手形貸付金債権の内入弁済に充当するも差支えないことを約したにすぎず、従つて被控訴人としては取立てた手形金等を別段預金勘定(貸方勘定)に組入れたまま、本件相殺の意思表示をなすに至るまでは、いまだ手形貸付金元帳上において内入弁済処理をしていないのである。故に被控訴人の「信託的譲渡」に関する主張は、何らか為にする議論というべく、本件担保約款上は、その主張のような特約はなかつたものといわねばならない。

(被控訴人の主張)

一、原判決事実摘示の被控訴人の主張の部分(原判決一枚目裏末行から二枚目表一行目にかけての部分)に「被告(被控訴人)は、原告(控訴人)主張の別段預金はすでに債務の内入弁済に充当ずみのものであつて」とあるのを「被告は、原告主張の別段預金は、訴外協立電波精器株式会社の被告に対する債務の内入弁済であつて預金ではなく」と訂正する。

二、(一)、銀行の取扱う別段預金には内容に種々なものが含まれているから「別段預金」なるものの法律的性質を一律に定義することは困難である。預金者に返還請求権のある普通預金または定期預金などとは異り、別段預金の内容如何によつて返還請求権の有無を決すべきである。

本件の別段預金の内容及び性質についての被控訴人の主張は、原判決の事実摘示の通りである。すなわち、第三者から手形金を受領すれば、同時にその額は手形貸付金(この債務者訴外協立電波精器株式会社)に対する内入弁済を受けたこととなるものであつて、右訴外会社の預金となつたものではない。従つて一旦預金とし、ついで弁済に充当するような二段階になるものでは決してないのであるから訴外会社に返還請求権の存する余地は全然ない。もつとも第三者から数次に手形金を受領した額が手形貸付金を超過するに至つた場合は、その超過分を訴外会社に返還すべきこととなるが、本件差押当時はまだその額に達していなかつたものである、というのである。

(二)、手形貸付は満期日までの利息を天引して残額を債務者に交付するのが常例である。従つてその満期日前に、前記の第三者から手形金を受領すれば同時に内入弁済を受けたことになるのであるから、その入金の限度において手形貸付金債権は弁済により消滅する。故に銀行は内入れのあつた都度その入金額に相応する入金日から満期日迄の既収天引利息を払戻すか、またはこれを内入弁済に充当すべきである。

ところが本件の場合、内入弁済額は貸付金額(しかも数口)に比し極めて少額かつ数十回にわたつたので(甲第一号証の通り)、その都度右計算をする煩に堪えないため、事務処理の便宜上適当の時期に取りまとめ整理すべく、それまで便宜「別段預金」なる名称をもつて一時的に処理し手形金支払者、金額、入金日等を明記したにすぎず、その本質は貸付金に対する内入弁済であつて、決して「預金」にしたものではない。

(三)、控訴人は「もし内入弁済であるとすれば、被控訴人の手形貸付元帳(乙第五号証の一)にその旨明記すべきである」と主張する。一応もつともな議論であつて、内入弁済の都度その限度において貸付金債権は消滅するのであるから、手形貸付元帳もその都度明記し、残高も減ずるよう整理するのが正しい事務処理であるが、前記の通り内入回数も多く、かつ少額宛であつたため、便宜上整理を後日にしたのである。しかしこれがため一部弁済の効果を否定すべきではない。

なお控訴人は本件差押後においても手形取立金二、一四七、八三〇円につき内入弁済処理をしていないと攻撃せられるが、差押直後にこれをすることは却つて誤解を招くおそれがあり、後日真実を述べて是否の判断を受けることがよいと信じたからである。

また控訴人は乙第三、四号証の担保差入証書の各第三条に「前記担保手形の支払ありたる時は本債務の弁済に充当して下さい」とあるのみで「内入弁済を受けたものとする」とはいつていないから、この趣旨は「弁済に充当してもよろしいとか、異議はない」程度の任意的意味であるといわれるが、もし任意的な趣旨とすれば、同号証の各第一、二条及び乙第一号証(約定書)によつて事は足りており、右第三条を特に記入する必要がない筈である。然るにこれを明記したゆえんは、被控訴人主張のように、手形金の支払のあつた時貸付金債務の内入弁済とする趣旨であつたからである。

(四)、被控訴人の事実上の主張は終始変るところはない。本件差押の直後にした再調査請求及び審査請求においても、本件の別段預金が「預金」ではなく「内入弁済金」であることを強調して来た。当時東京国税局との交渉過程において局はこれを是認せられるようであつたが、結局排斥せられ本訴提記となつたのは遺憾である。

(五)、仮りに右別段預金が内入弁済金でなかつたとしても、この別段預金は前詳述の経緯により、少くとも特定の債務すなわち手形貸付金債務の弁済に充てるべき資金として受入れたものと解すべきであるから、訴外会社は被控訴人に対しその返還請求権をもたないものである。従つてその返還請求権のあることを前提とする本件差押はその効力がない。

理由

一、控訴人国(所管庁日黒税務署長)が訴外協立電波精器株式会社に対し昭和三二年二月一四日現在において合計金一〇、五三二、二七六円の滞納租税債権を有し、その滞納処分として、右同日右訴外会社の被控訴人に対する左記預金債権を差押え、即日その旨を被控訴人に通知するとともに、同月二三日までにその支払をするよう請求したことは当事者間に争いがない。

(1)  第四〇回割増金附宝来定期預金 三〇万円

(2)  通知預金(昭和三二年一月一八日預入) 四八万円

(3)  通知預金(同月二八日預入) 三万円

(4)  当座預金 三、二八九円

(5)  別段預金 二、一四七、八三〇円

そしてまた右訴外会社が被控訴人に対し右記載(1) ないし(4) の預金債権を有していたこと、(1) の定期預金の弁済期は昭和三二年四月二五日であつて、その利息は年四分の定めであつたこと、(2) 及び(3) の通知預金はいずれもその利息は日歩七厘の定めであつて、支払を求めて二日後に弁済期が到来する定めであり、従つて控訴人よりの支払請求のあつた昭和三二年二月一四日の二日後である同月一六日に各その弁済期が到来したことはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで前記訴外会社が被控訴人に対し控訴人の差押にかかる前記(5) の別段預金の債権を有していたか否かは当事者間に争いがあるので、まずこの点について判断する。

(一)、訴外会社が被控訴人から

(イ)、昭和三一年一〇月一五日に金額三〇〇万円、満期昭和三二年一月一二日なる約束手形による手形貸付を受け、

(ロ)、昭和三一年一一月三〇日に金額九八万円、満期昭和三二年二月二八日なる約束手形による手形貸付を受け、

(ハ)、昭和三一年一二月二八日に金額七〇万円、満期昭和三二年四月三〇日なる約束手形による手形貸付を受け、

(ニ)、昭和三二年一月二八日に金額一〇〇万円、満期同年五月一日なる約束手形による手形貸付を受け、

(ホ)、なお(イ)の手形の満期である昭和三二年一月一二日に双方合意の上で、(イ)の手形を金額三〇〇万円、満期同年四月一一日なる約束手形に書換えたこと。

はいずれも当事者間に争いがなく、

(二)、成立に争いのない甲第一号証(別段預金帳)、乙第三、四号証(各担保差入証書)に当審証人新里泰生(第一、二回)、米沢博の各証言を総合すれば、訴外会社は被控訴人に対し右(一)記載の手形貸付金債務の担保として、まず昭和三一年一〇月一五日に須藤朔外六〇名振出の約束手形(商業手形)七二通、金額合計四、〇一九、八八一円の裏書譲渡をし、次いで同年一二月二八日に中川喜三郎外一一名振出の約束手形(商業手形)一五通、金額合計二、四三二、一一四円の裏書譲渡をしていたが、右裏書はいずれも質入裏書ではなく単純な裏書であつたこと、被控訴人は右各担保手形を満期に支払場所に呈示して手形金の支払を受け、またはその不渡りとなつたものについては訴外会社にその買戻しをさせ、それらの入金額についてはその入金の都度前記の被担保債権の弁済に充当して計算処理するの方法をとらず、右訴外会社について別に「別段預金」の科目を起して、この科目中に入金記帳をしていたものであつて、この科目中の入金額が本件差押のあつた昭和三二年二月一四日当時において合計二、一四七、八三〇円であつたことが認められる。

(三)、控訴人は右の「別段預金」の科目中にあつた金員は訴外会社の被控訴人に対する預金であり、訴外会社は被控訴人に対し右の預金債権を有するものと主張するに対し、被控訴人は右各受領金を被控訴人の帳簿上において「別段預金」として処理したのは、ただ被控訴銀行の内部における事務処理上の便宜のためにすぎず、右別段預金は訴外会社の被控訴人に対する前記債務の内入弁済金であつて、訴外会社が預金債権を取得すべき性質のものではないと主張し、少くとも右金員は前記債務の弁済に充てるべき資金として受入れられたものであり、訴外会社にその返還請求権はないものと主張する。

そこで考えてみるのに、当審鑑定人堀内仁の鑑定の結果(第一回)によれば、まず、一般に銀行(金融機関)において取扱う「別段預金」なるものは、諸種の銀行業務に随伴して生じた未決済、未整理の一時的保管金、その他の預り金で他の預金種目で取扱うのが適当でないものを便宜上処理しておく預金種目であつて、その内には内容において種々雑多なものが含まれており、従つてその性質もこれを一概に論ずることはできないものであり、その口座の名義人が銀行に対してその口座に記載の金員についての返還請求権を持つかどうかも、各個の場合の内容に応じて各個にこれを判定するの外はないものであることがわかる。

そこでこれを本件について見るのに、本件別段預金は被控訴人が訴外会社に対して有する手形貸付金債権の担保手形による入金を別段預金の形で記帳処理したものであること前記の通りであるが、なお前示甲第一号証、乙第三、四号証、成立に争いのない乙第一号証(約定書)、第五号証の一(手形貸付元帳)に前示証人新里泰生、米沢博の各証言を総合すれば、訴外会社と被控訴人間の前記手形貸付及び担保手形の差入については、両当事者間に昭和三一年一〇月一五日附の約定書による基本の取引契約があり、更に担保手形の差入について担保差入証書が作成せられているものであつて、

1、右基本の約定書にあつては、その第二項で「訴外会社の被控訴銀行に対する債務不履行のとき、又は履行困難と被控訴銀行において認めたときは、諸掛金、諸預け金その他一切の訴外会社の被控訴銀行に対する債権は、債権債務の期限の如何に拘らず通知を要しないで、訴外会社の被控訴銀行に対する一切の債務に振替充当されても異議はなく、また充当の順位も被控訴銀行に任せる」旨が定められており、

2、右担保差入証書は株券等担保の場合のものを担保手形の場合に流用したものであるが、まずその冒頭において訴外会社が引受、振出若しくは裏書した手形により被控訴銀行に対して現在負担し、又は将来負担すべき債務の担保として、左記条項並びに前記約定書の各項承認の上頭書記載の約束手形を差入れる旨を記載し、左記条項としては、株券等担保の場合の一般条項の外に、特に第三項としてペン書で「前記担保手形の支払ありたる時は本債務の弁済に充当して下さい」との追加記入がせられているものであり、

3、被控訴銀行は右約定に基き本件各担保手形をその満期の到来する毎にその取立をしたのであるが、手形の枚数が多く、かつ各手形金額はいずれも少額であつて、前記手形貸付の一口の金額にも仲々達しない程のものであつたため、弁済充当の手続は取立金の額が貸付額(一口)に達したときにこれをすることとして、各個の担保手形の手形金受領の都度にはこれをせず、一時その取立金を別段預金として保管することとしたものであつて、これを「別段預金」として処理することについては、格別訴外会社の了解を得たわけではなく、被控訴人においてその内部における事務処理上の便宜から右のような取扱いをしたにすぎないものであつて、

4、前記(イ)の手形貸付金三〇〇万円の弁済期は昭和三二年一月一二日であつたが、右当日における担保手形による入金額は総計にして一、二五六、五七〇円にすぎなかつたため、右の弁済期においては内入弁済の手続はこれをとらず、双方の合意をもつて(イ)の手形を満期を同年四月一一日とする前記(ホ)の手形に書替えたものであり、

5、なお手形貸付に当つては手形の満期までの中間利息はこれを天引するのがその取扱いであつたが、担保手形による入金があり、これを手形貸付金への弁済に充当する場合にも、戻り利息の計算は手形貸付金への弁済充当の日を基準としてこれをし、各個の担保手形の各取立日に遡つて一々戻り利息の計算をする取扱いではなかつたものであつて、乙第五号証の一の手形貸付元帳における取扱いもその趣旨においてせられているものであること、

が、いずれも認められる。

そして訴外会社と被控訴人間の前記別段預金についての法律関係を以上の事実関係から考えれば、右別段預金として保管せられた金員は名は預金ではあるがその実は担保手形の取立金(手形代り金)であつて、その名の示す通りの預金というべきものではなく、これを別段預金の名をもつて処理したのは、被控訴銀行側の事務取扱上の便宜のためにすぎないものと認められる。従つて右別段預金は名は預金ではあつても普通の預金とはその性質を異にし、訴外会社は被控訴人に対し普通の預金と同様の返還請求権を持つものではないという被控訴人の主張は正当である。ただ被控訴人はその預金でない根拠として、右金員は訴外会社の被控訴人に対する前記手形貸付金の内入弁済金であると主張し、またこれを内入弁済とする特約があると主張するのであるが、前認定の事実関係、殊に、手形貸付金への弁済充当が各担保手形の取立の都度にせられるものでなく、手形貸付金(一口)の全額に達して初めて一括してその弁済に充当する取扱いであつたこと、また天引利息についてもその戻り利息の計算は各個の担保手形の取立日に遡らず、弁済充当の日を基準としてこれを行う取扱いであつたこと(右各取扱いは、前記の基本約定書の条項、(イ)の手形が双方合意の上で(ホ)の手形に書替えられた事実等本件各事情から考え、訴外会社と被控訴人との合意の上右の取扱いとなつたものと認められる)に徴し、本件にあつて担保手形の取立金が手形貸付金の弁済に充当せられるのは、前記の一括しての弁済充当の時というべきであつて、各個の担保手形の取立の都度その弁済充当があるものとはこれを認めることはできない。前記の担保差入証書に特に「担保手形の支払ありたる時は本債務の弁済に充当して下さい」とあるのも、単に本債務への弁済充当を、その時期等一切を被控訴銀行に一任した趣旨と解するのが相当であつて、その他本件全資料によつても被控訴人主張の前記特約の事実はこれを認めることはできない。従つて本件別段預金について本件差押に至るまでに前記のような弁済充当行為のあつたことの認められない本件にあつては、右別段預金は訴外会社の被控訴人に対する手形貸付金の内入弁済金であるとの被控訴人の主張はこれを採用することはできない。

しかし、右別段預金は担保手形の手形代り金というべきこと前記の通りであつて、この担保手形は訴外会社の被控訴人に対する手形貸付金債務の担保として訴外会社から被控訴人に裏書譲渡せられたものであるから、右手形は担保の目的をもつて被控訴人に信託譲渡せられたものというべきであり、この担保手形の手形代り金は、手形に代るものとして同様被控訴人に信託譲渡せられた金員というべきである。従つて右手形代り金は担保目的が消滅して、右信託譲渡の契約上、被控訴人から訴外会社にその返還義務が生ずることのあるのは格別、そうした事態の生じない限り、被控訴人は訴外会社に対しその返還義務を負わないものといわなければならない。そして本件において右のような返還義務を生ずる事態の発生したことは全然これを認むべき資料はないのであるから、訴外会社が被控訴人に対し本件別段預金の返還請求債権を有することを前提としてした控訴人の右別段預金に対する差押は、その効力を生ずるに由がないものというべきであり、この部分についての控訴人の本訴請求は、右の意味において既に排斥を免れない。

三、そこで次に本件差押債権のうち、控訴人の請求が原審において認容せられ控訴審における不服の対象となつていない前記(4) の当座預金を除き、その余の(1) ないし(3) の預金についての控訴人の請求について判断する。

被控訴人が右(1) ないし(3) の預金債務と前記(5) の別段預金とについて、本件差押の日より後である昭和三二年四月一七日右訴外会社に対し、被控訴人の訴外会社に対する前記(ロ)及び(ホ)の手形貸付金債権を反対債権としてその対当額につき相殺する旨の意思表示をし、同時にその旨を目黒税務署長に通知したことは当事者間に争いがない。

そこで右相殺の効力について検討を要するわけであるが、民法第五一一条は「支払の差止を受けたる第三債務者はその後に取得したる債権により相殺をもつて差押債権者に対抗することを得ず」と規定し、この規定の反面解釈からすれば、差押前取得の反対債権による相殺は何らの制限もなく差押債権者に対抗できるかの感がないでもない。しかし右民法の規定は、差押なる第三者の行為の介入によつて第三債務者の従前有する地位(権利または正当に保護せらるべき利益)を害しないことを考慮しての規定と解すべきであり、従つて第三債務者が差押当時に有していた反対債権であつても、その弁済期が差押債権の弁済期より後に到来するものにあつては、差押当時既に相殺適状にあるものは別であるが、然らざる場合は、この反対債権による差押債権との相殺は第三債務者において差押当時これを期待し得ない関係にあるものであるから、差押後においては右のような反対債権による相殺はこれを許さないものと解するのが相当(同旨、ドイツ民法第三九二条)であり、反対債権の弁済期が差押債権のそれより前に到来するものにあつては、反対債権の弁済期が差押の前であると後であるとを問わず、その相殺を許すものと解すべきである。

右見地に立つて被控訴人の前記相殺の意思表示の効力を考えてみれば、

(一)、前記(1) の定期預金三〇万円の弁済期は昭和三二年四月二五日であるのに(ロ)の反対債権九八万円の弁済期は同年二月二八日であるから、この反対債権による相殺はこれを許すべきであり、従つて右(1) の定期預金三〇万円の債権は右の相殺により既に消滅したものというべく、

(二)、(2) 及び(3) の通知預金合計五一万円は昭和三二年一月一八日及び同年一月二八日の預入れであつて、その支払請求があれば二日後にその弁済期が到来する性質のものであるから、被控訴人がその反対債権との相殺を期待し得るか否かの観点からいえば、その預入れの二日後をその弁済期とするものと同様に解すべきである。そして被控訴人がこれとの相殺の用に供した前示(ロ)及び(ホ)の反対債権の弁済期は右より遥か後に到来することは明らかであるから、被控訴人の右反対債権による前示(2) 及び(3) の通知預金に対する相殺はこれを許すことのできないものといわなければならない。

四、以上の通りであるから控訴人の本件差押債権の請求は、(1) の定期預金三〇万円及び(5) の別段預金二、一四七、八三〇円についてはこれを認容するに由がなく、控訴の対象となつていない(4) の当座預金三、二八九円の外、(2) 及び(3) の通知預金合計五一万円についてはその理由があるものというべきである。

よつて右(4) の当座預金の外(2) 及び(3) の通知預金及びこれに対する利息及び損害金の請求を認容し、その余の請求はこれを棄却する趣旨において、原判決を主文記載の通り変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 原増司 裁判官 山下朝一 裁判官 吉井参也)

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